2019年05月

2019年05月27日 12:39

さて、西桐生駅を後にして、桐生天満宮の方向を目指して路地を通りぬけます。
すると、妙に古い案内板が・・・。

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宮本町一丁目の道案内をするものらしいのですが、この大きな案内板にかかれているのは二つ。
伏見稲荷神社と、オリオン座です。
道を表す線のそばには矢印が引いてあり、不思議なことに道の曲がり角の部分にはうっすらと数字が記されています。

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となると、これはどこか特定の場所を案内したり、近くにある商店や観光スポット示すものではなく、住所だけを頼りに
来た人がその場所にたどり着けるように助けるための案内版だったのでしょう。

ちなみに桐生オリオン座というのは平成15年4月29日に閉館した映画館の名前です。
古い、昔ながらの映画館という感じで、近くにもう一件あった能楽館が子ども向けのアニメ映画を多く上映していたのに対して、オリオン座は字幕付きの大人っぽい映画を多く上映していた印象があります。両方の映画館はすでになくなってしまいましたが、当時を思い起こさせる名前の登場にノスタルジックな風景を思い起こしました。「オリオン座」という名の映画館、良いですね。

訪 2011-7月3日



7月3日、桐生市では「桐生のまちなかイベントめぐりハイキング」が行われ、東京、埼玉、千葉、神奈川をはじめ千人近いハイカーたちが桐生市に訪れました。イベントめぐりハイキングでは、桐生の町並みを楽しみながら市内で行われるイベントに参加することができ、とても好評だったようです。
 実際、10時頃の桐生駅は普段の週末では中々見られないくらいの混雑ぶりでした↓(写真はJR桐生駅です)

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このイベントに参加するには事前にJRやわたらせ渓谷鉄道、上毛電気鉄道、東武鉄道などへの申し込みが必要でしたが、私は事前に申し込まなかったのでひっそりと桐生の町を歩いてみました。その様子を少しずつ掲載したいと思います。

まず桐生駅から西桐生駅まで歩いてみました。徒歩3分くらいでしょうか。
西桐生駅は上毛電気鉄道上毛線、略して上電の駅です。西桐生から中央前橋を約40分で結びます。
開通は昭和3年で、この駅そのものもかなり古く、一般的な駅では見られない特徴もいくつかあります。
その特徴の一つがマンサード屋根です。
切妻屋根の上の部分の勾配が緩やかで、下になると勾配がきつくなる屋根のことらしいのですが、見た方が早いですね。

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この駅は平成10年度、「関東の駅百選」第二回選定駅に選ばれました。
外装も特徴的ですが、待合室も味があるんです。壁の質感と配色が印象的です。

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窓も横に開けるのではなく、縦に開けるんですね~。う~ん、お洒落。

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プラットホームの方はいたって普通、島式ホーム(ホームの両側に線路があるタイプ)です。

2010-7-3


桐生川の中流に架かる橋に、「幸橋」という橋があります。いたって普通、どちらかというと地味な感じの橋に見えますが、「幸橋(さいわいはし)」と言う名前が素敵だと思いませんか?橋の近くに住んでいる知人に橋の由来を聞いたりしましたが、なぜ「幸橋」になったかはわかりませんでした。
 
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毎年1月の第三日曜日、菱町4丁目にある普門寺と言うお寺(1575年に由良成繁公が新田郡世良田村より現在の場所に移しました)ではだるま市が行われ、新しい年を幸福に過ごそうとだるまを買い求める人たちでにぎわいます。このだるま市は昭和39年(1964年)に始まったそうです。
 私はこのだるま市に行く時は幸橋を渡って行きます。すると、何となく幸せへの掛け橋を渡っているような感じがします。
 東3丁目方向から菱3丁目を通って普門寺へ歩くわけですが、もしかしたらこの幸橋の由来も普門寺のだるま市と何か関係があるかもしれないと思いました。

しかし、調べてみると幸橋が架けられたのは1930年(昭和5年)の11月、普門寺だるま市の初回開催は1964年の1月15日ですから、この当時はだるま市は開催されていなかったということになり、幸橋の名称決定にだるま市が関係していたという仮説は成り立たなくなってしまいます。
 それに、普門寺の正面には稲荷橋と言う立派な橋もあり、だるま市が開催される時はそちらの方が参道の役割を果たしているように思えます。しかもこの稲荷橋は1830年の4月10日の完成当初は普門寺橋という名前でした。
 普門寺は1575年から続く歴史あるお寺です。そこに御参りに行くとしたら当然、普門寺橋(現在の稲荷橋)を渡って行きたいと思うところですが、中には幸橋を渡って行った方が近いという人たちもいたはずです。
 そういう人たちにとって、幸橋というネーミングは普門寺橋を渡るに負けず劣らずご利益のありそうな橋として受け入れられたのではないでしょうか。

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さて、普門寺との関係に少しこだわりすぎてしまいましたが、昔は東3丁目から見て橋の向こう側は栃木県でした。今では橋の向こうは同じ桐生市の菱町になっていますが、この道を使って足利市小俣方面に向かう人も多くいます。桐生市に架かる重要な橋の一つですね。

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平成22年3月27日(土)渡良瀬川にかかる中通り大橋が開通しました。
午前11時から橋の左岸橋詰で開通のセレモニーが行われ、セレモニーがおわると橋の渡り始めと言うことで、徒歩で橋の車道部分を渡ることができ、大勢の市民が訪れました(橋の車道を歩けるって良く考えるとこの渡り始めの時と(セレモニーなどある場合ですが)橋が取り壊される時の二回くらいしかないかもしれません)。

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歩道の部分には桐生のシンボルの一つ、のこぎり屋根のデザインも見られます。

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橋がかかったことにより、市の中心部から国道50号や北関東自動車道へのアクセスは良くなったようです。今は2車線ですが、将来的に上流側にもう2車線出来て4車線になる予定です。

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山上城跡公園にアジサイを見に行ってきました。
6月25日現在5分咲きとの情報があったので、まだ早いかと思ったのですが、それなりに咲いていてきれいでした。

山上城跡公園は文字通り、山上城と言うお城(鎌倉時代に山上五郎高綱によって築城されましたが、戦国時代末期の1580年、武田信玄の子、武田勝頼によって攻められ、廃城となったそうです)の跡地を整備して公園にした場所で、県指定史跡になっています。

駐車場はいつもそんなに混んでいないので新里町郷土文化保存伝習館の前の駐車場を利用していましたが、実は伝習館の裏にも広い駐車スペースがあるようなので、満車の時はそちらに回ってみると良いかもしれません。

さて、車を降りて小さな橋を渡って進んでいくと、芝生にいくつかお子さんが遊べそうな遊具あり、この日も2~3組の親子が楽しそうに遊んでいました。

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アスレチック風の遊具の方へ進んでいくと、アジサイの咲いている小道の入り口が見えます。

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階段を下がって(足元に注意)歩いて行くと、咲いてました。

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面白い咲き方だなぁ~と思ったら、ここはお城の空堀(=水の張られていないお堀ですね。水が張ってあると水堀となります)なんですね。
咲いているのは、アジサイと、ガクアジサイ。下の写真はガクアジサイ。

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最初このタイプのアジサイを見た時は、「これにもっと花がつけば普通のアジサイになるのかな」と思ったら、種類が違うそうです。
花が額のように並んでいるこちらのアジサイはガクアジサイだそうです。アジサイとガクアジサイ、この公園には合わせて2,300株があります。

何となく、野趣のあるアジサイ↓


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昔、この辺りも勝頼の率いた騎馬隊が来たのかと、中世に思いを馳せながら散策するのも良いですね。
満開の時期は7月上旬でしょうか。
山に近い場所なので、梅雨時は結構虫がいます。虫よけスプレーをご持参してゆっくり楽しむのがおススメです。



☆☆☆

バリアフリー情報

 ここでバリアフリー情報です。
 この公園の駐車場、新里町郷土文化保存伝習館の前には身障者用の駐車スペースは一つありました。


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しかもアジサイの咲いている場所も舗装がされてないので、車いすではかなり厳しいです。

トイレの方は入り口が相当狭い(普通の家のトイレ並みの入り口)です。
総合的なバリアフリー度は残念ながら低めのようです。
2010-6-27